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カポエイラは逆立ちで闘う?

カポエイラのことを少し耳にしたことがある人には

「足技しか無い」 「バク転する」 「逆立ちで闘う」

などといったイメージを持っている人が多いかと思います。

私もそうでした。そしてこう思っていました。

「逆立ち?なんで(笑)顔蹴っちゃえばいいじゃん。バカじゃん?」

若くて無知だったとはいえ口悪いですね(笑)

まず誤解を解きたいと思います。

①「足技しか無い」→全身使います。頭、肘、手、膝、足など使います。もっと言えば、肩、指、拳も使います(現代ではあまり見ません。リオの郊外では見ます)。

②「バク転する」→してもいいですけど、強制的にする必要はないです。

③「逆立ちで闘う」→そうといえばそう。違うといえば違う。

③について今日は少しお話しますね。

逆立ちはcapoeirista(カポエイリスタ=カポエイラをする人)としては

出来たほうが良いと個人的には思います。 そして誰でもできるようになります。

逆立ちについて説明する前に、まず「闘う」という言い方を

ここでは「jogo(ジョーゴ)する」という言い方に変えましょう。

「遊ぶ」という意味です。

以前にブログで少し触れたかもしれませんが、

カポエイラは戦いの要素を大切にします。


その要素を保ちながら全身を使って遊ぶのですが、その遊びは真剣な遊びです。

遊び道具は何を隠そう、蹴りを始めとしたありとあらゆる攻撃ですから。

①の説明で触れたものです。

jogoをしている最中、常に蹴って蹴って蹴って避けて避けて避けてを

繰り返しているわけではありません。

それだけではつまらないですから。

例えば、相手から距離をとってginga(ジンガ=カポエイラの基本ステップ)を

したり、相手の蹴りを避けながら床に伏せるような低い体制になって

地面を這うように動き回ったりもします。

蹴りを避けるときに側転を使うことは出来ます。 正確にはaú(アウー)といい、カポエイラ独特のフォームです。

側転とは似て非なる動きです。

aúして終わりではありません。側転からそのままスムーズに床を這うように

大きく蛇のように移動して、床の動きからすぐさま攻撃の動作に入り、

その攻撃に反応して蹴り返してきた相手に頭突きを合わせるなど、

色んな展開を自分で考え作り出していきます。

今すこし例を出したように、jogo中の真剣なやり取りの中で

aúが出来る状況というのがあるんです。

それは相手との距離、相手のその瞬間の体勢、

そして相手の心の内など、6感をフル稼動にした上での選択肢なのです。

ですので、お互い近い距離でgingaをしている時に、

相手がお腹丸出しのaúを不用意にしようものならば、

蹴ります(笑)。

少なくともブラジルでは蹴ります。

蹴らない理由が無いからです。

間違ったタイミングと距離感で、間違った技を出せばその結果をこうむります。

でもそれにより、蹴られた人はカポエイラが馴れ合いではない事を

どんどん理解していきます。

それがjogoでの経験となります。

逆立ちも同じことなんです。

出来る状況があって初めて選択肢にそれ(逆立ち)が挙がるのです。

さて、jogoは時に張り詰めた真剣勝負であり、

時に互いにハーモニーの中で美しいやり取りを造り上げていくものでもあります。

でも言葉での約束事などそこには無いのです。

「逆立ちしていい?」 -「いいよー。」 などというやり取りはありえないのです。

「逆立ちしたら蹴られるかもしれない。蹴られないかもしれない。」 「逆立ちしている相手を蹴ろうか。仕返しが怖いからやめとこうか。ああ、分からない。」

最終的に決めるのは自分です。

「相手の仕返しも含めて受け止め切れるなら、蹴ってみては?」 「でも、ホントに蹴る?」 「まだ技術も気持ちも未熟なら、やめておいたら?」

決めるのは自分。

どうですか。面白くないですか?

こんな状況、日常生活でありますか?

立ちの人を蹴るか蹴らないかを迷う状況。笑

でもまぁ、その状況に到達するまでには、

基礎の技を覚え、避けを覚え、相手とのハーモニーの中でjogoをしながら、 どうしたら相手が動きやすいかを学び、

逆にどうしたら相手が嫌がるかを知り、

それを実際のjogoで実践することを繰り返して

カポエイリスタとしての経験を積んでいきます。

その全ての道しるべをするのがINSTRUTOR(インストゥルトール)、

つまり先生です。

ちなみに私の事です(笑)

カポエイラは奥深いです。 近い距離で無防備に逆立ちしてくるその人には、実は「魂胆」があったりします。 貴方が蹴ってくるのを待っていて、来たらそれに合わせて何かを仕掛けてきます。

こわいですね。「何か」 笑

カポエイラの経験値が高い人にはそういう状況は蛇がとぐろを巻いている風に見えます。

そこに無邪気な少年が指を突っ込む感じですね。 ブラジルのカポエイラ仲間の間では文字通りbote(ボーチ=とぐろ)と言います。

"Caraaaaca,,,caiu no bote do cara."(あーららら、見事boteにかかったな。)
"Pô mané, tu caiu no bote do cara!"(おーい、お前、あいつにしてやられてんじゃんよー!)

みたいなやり取り。


生徒がそういうとぐろにやられないように導くのも先生、

あえて罠にかからせて学ばせるのも先生。



あぁ、カポエイラは本当に楽しい。 人を育てるのも楽しい。

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