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カポエイラ
 
 

カポエイラの歴史はブラジルがまだポルトガルの植民地であった16世紀に遡ります。 当時、ポルトガルは未開の地ブラジル(当時の名前はテーハ・ヂ・サンタ・クルース)の植民化の労働力として、アフリカの様々な地域から様々な部族の黒人を奴隷として連れて行きました。奴隷たちは現在のアンゴラ、モザンビーク、ベナン沿岸などから船で連れて行かれました。

当時のブラジル北東部ではサトウキビ農園で多くの黒人奴隷が労働にあたり、ブラジル植民化の末端として酷使されていました。その労働の過酷さ、そして支配者からの強烈な迫害が故に過労や病気、時には処刑で命を落とす者が後を絶えませんでした。

そんな支配下で、奴隷達はそれぞれの故郷の土着の格闘技を元に、戦うための術を密かに発展させていきました。アフリカの格闘技が遥か遠いブラジルの地で融合し、自然発生的に出来たのがカポエイラの発祥とされています。

彼らが持っていたその「術」は支配者達にとって一つの大きな脅威であったため、彼らはそれに楽器の演奏と歌を織り混ぜる事でカモフラージュをしました。それにより支配者からの目を逃れ、あくまで「踊り」「遊び」という名目でそれを継続していったのです。

カポエイラが具体的にいつ誕生したかについては未だ解明されていませんが、奴隷制時代以降もカポエイラは迫害に遭い、常に大きな権力とそれに対抗するカポエイラという形でその独特の精神的基盤も出来上がってきました。現代のブラジルでも、権利を得るために闘うアフリカ系ブラジル人の闘争の象徴としてカポエイラは取り扱われています。

カポエイラの起源
 

カポエイラの起源は明らかにされておらず、今日においても研究者達の間で様々な研究や議論がなされています。その諸説の中で最も 有力とされているもののひとつをご紹介します。

尚、手枷をつけられていたから足技が多いという説は最近の研究で信憑性が低いと言われています。

 

É a LUTA.